2007年6月13日(水) F家帰任 交々のこと

F君とKさんのご夫妻が帰任してしまった。一言書かずにはいられない。

盟友去る、という印象だ。F君は、会社では押しも押されもせぬ存在であったし、何よりもあの歳(僕と同年代であるからこの歳、というべきか)になって、決して斜に構えず、正面から、志を通そう、会社を良くしようという姿勢を保ち続けていたことに、大いに共感を覚えていた。これを、照れることなく、かといって周りが引くような気負いもなく、なおかつ邪な私心を感じさせずに続けることは、たやすいことではない。それを飄々とやってのけ、日本人、アメリカ人双方の共感と尊敬を集めたF君はただものではない。

a0064654_5341038.jpgしかし、これだけのことであったなら、ああ、あなたは仕事ができる人ですね、エライ、エライで終わっていたかもしれない。僕が、親近感を覚えるのは、仕事に加え、ゴルフを通じての付き合いがあったからだろう。実際、数えたことはないが、会社で会った回数よりもゴルフ場で会った回数のほうがずっと多かったのは間違いない。ゴルフ場でのF君は、誰もが知るとおり、飛ばし屋であったが、大たたきもする愛すべきゴルファーだった。今でこそ上手くなって影を潜めてしまったが、ほんの一年ぐらい前まで、美しいショットと対照的な、グリーン周りのおぼつかなさは、皆、彼を愛するがゆえに、首を傾げ、心から心配したものだった。残り50Yぐらいになると、爆裂の同伴競技者は、我が事のように、はらはらしたものである。そして、そうしてスコアを崩していっても、その瞬間は、自分を罵っていたのかも知れないが、周りを不愉快にさせるような言動をすることはついぞなく、ラウンド後は、自嘲気味に“いやー、だめでした。”と笑って見せるのは、彼なりの美学だったのかもしれない。そんな、彼だからこそ、生涯ベストの89を出して爆裂・爆裂蟹を通じて初優勝を飾ったときの反響は、それはすごかった。

a0064654_5345963.jpgもう一つ、ゴルフを通じた付き合いで知ったのは、彼の、愛妻家の一面。美男美女の結婚で、当時、2人の周りにいた多くの未婚の男女が深い落胆を味わったそうだが、仕事に精魂を傾けるF君と対照的に、Kさんは、結婚以降、芸術家の才能を開花させつつあるらしい。ゴルフ場で会う彼女は、何か創作に没頭していたらしく、いつも、昨日は2時間しか寝てません、3時間しか寝てませんという状態で、サンディエゴの青空の下、ホントに18ホール廻れるのかどうか、心配したものだ。そんな芸術家肌の彼女を評し、F君は、いつも、彼女は僕に興味がないんです、とこれまた自嘲気味に語るのだった。しかし、これは嘘だったなー。Kさんは、“えー、興味ありますよー!”と自分で否定していたし、我が家で宴会をやると、この2人は、いつも実に仲むつまじくいちゃいちゃしていた印象がある。KさんがF君に惚れているかどうかはともかく(惚れていると思うが、念のため)、F君がKさんにぞっこんなのは、誰の眼にも明らかだった。これは、明らかに会社のミーティングでの舌鋒鋭いF君からは伺う術もない、別の顔だった。同時に、偉大な会社人F君を手のひらで転がすKさんの器というものを感じさせる風景でもあった。ま、世の夫婦はみんなこんなものかな。

2人が帰るに当たって、送別の宴会、ゴルフコンペがたくさん企画され、いくつかに参加させてもらった。こういう、送別のイベントは、いくらやってもこれで十分ということはなく、惜別の思いが薄らぐこともない。しかし、想い出は、確実に積み重なる。将来、どこかで、また一緒になることもあるだろうと思いながら、写真を撮り、F君、Kさんの別れのスピーチを聞くのであった。そうでなければやるせないではないか。a0064654_5344213.jpg
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by gomanis | 2007-06-19 05:35 | 一般


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