2008年5月13日(土)~15日(日) Guanajuato, San Miguel de Allende 近代史跡を訪ねる。

a0064654_11155858.jpgメキシコの歴史を極めて乱暴に二つに分けてしまうと、スペイン人が来る前と後ということになろう。年代で言うと1521年のコルテスによる征服、支配が区切りになるか。

メキシコには豊富な観光資源があるようだが、カンクン、アカプルコなどのリゾートを除くと、上記の区切りによって大きく2つに分けられるというのが、最近の僕の発見だ。ひとつはスペイン人以前の文明の遺産を見るもの。テオティワカンやチェチェンイッツァに代表されるマヤ、アステカ文明の遺跡だ。そしてもうひとつが、スペイン人以降のいわゆる近代の歴史遺産を見るもの。

なかなか時間が取れなくて(ゴルフに忙しく!)、観光もおろそかになりがちだが3月には初の休みを取り、オアハカへ行った。これは、前スペイン時代の遺跡を見る旅行。古代に思いを馳せ、なかなか良い旅行だった。

2回目の今回は、趣向を変え、近代メキシコの激動を追体験する旅行。行き先は、グアナファトとサンミゲル・デ・アジェンデ。メキシコシティーから北西に4時間ほど車で行ったところだ。
古代遺跡巡りが、どうしても想像に頼るしか楽しむ術がないのに対し、近代史跡の観光は、豊富な文献、彫像、遺留物、絵画、壁画などがあるので、どちらかというと受身で、“学習する”という姿勢になる。僕が相手にしている現在のメキシコに直接つながっているという意味では、近代史跡のほうが面白いと思う。


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今回訪問した2都市は、近代史の中でも1810年に始まる独立戦争の舞台だ。面白いのは、独立戦争の主役がスペイン人の末裔だったこと。独立戦争は、宗主国スペインと植民者たるメキシコ(当時はNueva Espana - 新スペイン領)のスペイン人という、スペイン人同士の戦いだったのだ。ミゲル・イダルゴ、イグナシオ・アジェンデ等独立戦争の英雄は、皆、白人である。こういうことは、本で読んで知っていたが、現地で色々な壁画や銅像などを見ると、改めて、スペイン人が常に主役の国だったのだということがよくわかる。先住民が歴史の表舞台に現れるのは、19世紀も後半のフアレス(オアハカ出身のサポテカ人)まで待たなくてはならない。独立戦争のドラマは、至るところに絵画、壁画で残っているが、常に、白人の扇動者が先住民を相手に演説している場面だ。




a0064654_11174723.jpgこの中で、例外的と思われるのがグアナフアトのピピラ。独立戦争の際、堅牢な穀物倉庫(現在の博物館)に立てこもる政府軍に手を焼く蜂起軍。時間が経てば政府の援軍がやってきて、蜂起軍の優勢は覆されてしまうかもしれない。このときに、勇躍爆弾を抱え、自分の命と引き換えに倉庫の頑丈な扉を破ったのがピピラという先住民だ。一鉱山夫であったという。彼は地元の英雄で、グアナファトを一望する丘の上に立派な像が建っている。

ピピラに限らず、この時代の人は、そしてその後の近代史の英雄、政治家にも戦死、処刑死、獄死が実に多い。上記のミゲル・イダルゴら独立戦争の4指導者も、政府軍に負けるや、全員首を掻かれ、その首は、グアナファトの町外れに晒されたという。首が回収され、名誉回復したのは、1820年、独立が成就してからだ。首が晒されること、8年ほどに及んだ計算になる。われわれが想像するよりずっと烈しい気性の国民なのだ。もうひとつ思うのは、大義のために喜んで死ねる時代だったのだろうということ。日本の、幕末の志士に通じるものがあるかも知れない。




a0064654_11201027.jpgところで、グアナファトといえば、メキシコでもっとも古い銀鉱山の町でもある。むしろ1548年代の銀鉱脈の発見により発展した町だ。銀鉱山跡に建つ豪奢な教会も、セントロに建てられた、ヨーロッパの大都会に置いても引けをとらないような大劇場も、すべては、銀がもたらした富によって造られたものだ。町全体が、銀景気で産まれたようなものなのだ。富は、当然、当時の支配階級であるスペイン系白人の手に集中していた。それを考えれば、町並みがスペイン風であることにも簡単に納得がいく。彼らは、この地にスペインを再現したかったのだ。






a0064654_1121282.jpgサン・ミゲル・デ・アジェンデには銀鉱山はないが、ここも、その気候の温暖さに目をつけたグアナファトなどの銀成金が別荘地、隠居地として造った街だ。もちろん、ここにも、彼らが忘れられなかったスペインの町並みが再現された。車がすれ違うのがやっとの狭い石畳の道の両側に、石塀が続く。ところどころに門があり、質素な建物風なのだが、一歩足を踏み入れると、たいてい、中は、驚くほど広く贅沢に空間が広がっている。小さな中庭があり、四方それぞれに立派なスペースを持った建物が伸びている。Hacienda(中世の領主が住んだ荘園の館 - メキシコシティーでいうとSan Angel Innが有名)が町中にあるようなものだ。いかに巨大な富がこの小さな町に投下されたか想像がつく。

こうした、メキシコ中北部高原に残る殖民都市は、観光ガイドには『コロニアルシティー』と表現されているのだが、鉱山跡の見学から観光を始め、贅を尽くした大聖堂、史実を記録した博物館を訪れると、その成り立ちや、どうしてスペイン風の町が出来上がったのか、よく理解できる。

a0064654_11214139.jpgグアナファトでもうひとつワクワクさせられたのは、縦横に走る地下道だ。曲がりくねった地下道は、中で分岐、合流などもしていて、迷路を辿るような楽しさもある。まるで地上の街と、二層構造になっているようだ。これも、銀鉱山の名残。鉱山の排水溝だったものを、交通渋滞を解消するために拡張し、車が通れるようにしたのだそうだ。オレンジ色にほの暗く光るトンネルは、どこへ続いているのだろうと冒険心をかき立てられ、いくら見ていても飽きなかった。

次稿は、いよいよ食べ物編。
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by gomanis | 2008-06-29 11:25 | 一般


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