父が亡くなった。91歳の大往生だった。ちょうど出張で日本に着いた日に具合が悪くなり病院へ運ばれ、翌日未明、息を引き取った。そういうわけで死に目には会えなかったが、朝一番の新幹線で駆けつけ、お別れをすることができた。まわりからは、父が呼び寄せたのだと言われた。そうかも知れない。
父は、戦争後シベリアと中国に11年にわたって抑留され、その間に、すっかり無神論者になった。筆舌に尽くしがたい体験をし、この世に神も仏もあるものか、という信念に至ったらしい。このことがあったので、物言わぬ父に対面したときも、悲しみはこみ上げてきたけれども、もうこれは父ではない、父の居た物体なのだ、と思えることができた。父の魂は、あの世へ行ったのではなく、もうどこにもないのだ、父は終わったのだ、と。 そう考えると、葬儀の一連の行事は、むしろ残された者のためのもののように思われてならなかった。家族はじめ、親戚や、生前父と交友のあった人々が、父がいなくなったことを認識し受容するための儀式だ。僕自身、心持が母の葬儀の時とはだいぶ違うことに気がついた。母の時は、母は無神論者ではなかったような気がしたので、僕が祈って成仏できるものなら成仏して欲しいと思い、一所懸命祈ったが、父を送るに際しては、そのような心にはならなかった。何度も合掌、焼香する場面があったが、その都度、父に何事かを語りかけながら、その実、自分にそれを言い聞かせていたのだと思う。 葬儀を頼んだ寺は、僕の高校の友人が副住職をやっているところだ。ゆくゆくは親父さんのあとを継いで住職になるらしい。高校時代、一緒にギターを弾いたり隠れてタバコを吸ったりしたかなり近しい友人だが、こいつに高いお布施を払うのかと、正直、強い違和感があった。しかし、通夜、出棺、火葬、本葬と一連の流れを経て、お布施とは、坊さんとは、こういうものなのだ、と納得するものがあった。 坊さんの赤や紫に金色の仰々しい袈裟や、2人、3人で合奏のように行う読経。それらは、一種のパフォーマンスなのだ。遺族や、来葬者に対し、“この儀式を通じて、故人は仏様になるんです。あなたは信じていないかも知れませんが、あなたは間違っているかも知れませんよ。私が大真面目に儀式を執り行いますから、仏の道を信じてみなさい。”と説得するデモンストレーションとでも言えばいいのだろうか。僕からすると、高いお布施を払ったのだから、せいぜい、上手く演じてくれよな、という気持ちでこの友人のパフォーマンスを見守った。なにしろ、肝心の父がもうここにはいないのだから。 そして、彼らは上手く演じきった。友人の読経も堂に入ったもので、次第に、ああ、これは確かに日本の社会では、確固たる需要のあるビジネスなのだな、と思えたのだ。彼らが執り行う儀式に皆集う。集う人々は、宗派の違いはあれ、おおむね、順序や式中のしきたりを無言のうちに共有し、儀式の一部となる。 父は、こういう葬儀を見越していただろうか。いや、達観していた人だから、自分なきあとのことなど気にもかけず、来こし日に想いを馳せながら人生を閉じたような気がする。 さようなら。
by gomanis
| 2008-11-17 21:17
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