カテゴリ:一般( 28 )

2011年3月15日 頑張れニッポン

まさに国難だ。

金曜日の朝、いつものようにアパートのジムで走り始め、何気なくテレビのチャンネルを変えたら、Japonが大変なことになっているとの報道。映画のように家や車が流されていく映像に慄然として慌てて部屋に戻る。まだ寝ていたカミサンを”仙台が大地震だ”と起こし、兄に連絡を取ろうと試みたが電話が全然通じない。

昼間は、会社でもUstreamでTBSを流しっ放しにしてなんとか情報収集に努めるが、なかなか欲しい情報はやっていない。Facebook、Twitterでも情報を求めるが、収穫なし。夜になって、やっとカミサンがNTTの伝言サイトで、兄による一家無事のメッセージを見つけてほっと胸をなで下ろした。そのあと、姪からもメールの返信があり、やっと様子がわかった。

同じことが、海外のいろいろなところで、いや、海外のみならず日本国内でも繰り広げられたことだろう。こちらの同僚の1人は、岩手県の大槌町という、今回壊滅的打撃を受けた海岸沿いのところの出身で、ご家族の無事がわかったのは月曜の朝だった。これを書いているのは火曜日の夕方だが、この時点でも消息不明の人が1万人以上いるという。家族の胸中は察するにあまりある。

津波に呑み込まれた人の恐怖は、想像もつかない。濁流が町を根こそぎ流してしまう様は現実のものとは思えなかった。なんという不運、理不尽な人生の終わり方。これ以上の表現は思いつかない。

他方、励まされたのが、それこそ史上最悪と言われた災害のの渦中にあった日本人の振る舞いだ。
コンビニで、床に散らばった食べ物を黙々と拾い、ちゃんとお金を払って出て行く人、帰宅難民のために夜中まで一所懸命電車を走らせ続けた駅員とその駅員に感謝の声をかける乗客、徒歩で帰宅を余儀なくされた人のために沿道で自宅のトイレを提供し続けた住民、こうした美談がネット上にあふれ、読むたびに目頭が熱くなった。こうした事象を目撃した外国人からの賞賛を受け、誇らしい気持ちになったのは僕だけではないだろう。

政治がだめだ、国際競争力がない、子供の学力が落ちてきた、GDPで中国に抜かれたと自虐的であら捜しばかりしているマスメディアに嫌気がさしていたが、どっこい一般国民は立派な品格を保っているではないか。そして、ネットという、マスメディアを介さない場で、お互いの行為を褒め称え、自信を取り戻しているのだ。
海外で暮らす者にとって、これはとても喜ばしい現象だった。

次は、原発だ。これも、持てる英知を総動員して是非危機を乗り越えて欲しい。東北地方の罹災者も、救助に当たる人も、原発で危機回避のために必死の努力を続ける人も、みんな頑張れ。頑張れニッポン。
[PR]
by gomanis | 2011-03-16 09:49 | 一般

2011年1月9日 元気一杯、50歳になりました

a0064654_93410100.jpg恒例の新年早々の出張中、いつものようにカミサンからメールが来る。誕生日ディナーのメニューは何がいいかとの問いだ。今年は、考えた末、焼き豚とねぎの炒め物とホタテのバター煮をリクエストする。メールの返事には、今年は、50歳を迎える節目の年なのだが、変に重く受け止めて老け込むのはいやなので、いつもの誕生日と同じように駆け抜けたい、と追記した。

帰宅して8日土曜日の夜、一日遅れの誕生日ディナーをしてもらう。希望通りに焼き豚、ホタテ、それに好物のゴルゴンゾーラのパスタ。シャンパンを開け、しっぽりとお祝い。まずは丈夫に生んでくれた両親に感謝、それからカミサンに感謝しておいしい料理をいただく。穏やかなよき誕生日であった。





日曜日はゴルフ。カミサンは、メキシコ人の友人に昼食に招かれ別行動、、、、のはずだった。


a0064654_9415787.jpgところが、家に帰ってみると、カミサンがいる。そしてホールエリアのほうになにやら飾りつけが。導かれるままに歩を進めると、壁の陰から「お誕生日おめでとう!!」の声とともに飛び出す3人。会社の同僚の奥さん方だ。そしてボーイに扮したH君、なぜかわからないが原始人の扮装をしたKヘイがビールの乗ったお盆を恭しく捧げもって登場。いわゆるサプライズパーティーというやつだったのだ。これ、やってもらったことありますか?最高ですよ。天にも昇る気持ちとはこのことか、というぐらい嬉しいです。


a0064654_9364586.jpgサンディエゴへ旅行したときに仕込んできたというパーティーグッズの数々を着けさせられ(僕も一緒に旅行したのだが、まったく気がつかなかった)、記念撮影。あとは、盛りだくさんのプログラムで祝ってもらった。


a0064654_9365315.jpg食事に続いて、僕のために設置された文字通りお誕生日席に移り、真正面から皆さんのパフォーマンスを鑑賞させてもらう。最初はカミサンの歌。スペイン語が一曲といきものがかりの『ありがとう』。伴奏は、僕が人生の師匠と崇めるNさん。カミサンのまっすぐな情愛に心打たれ、じんわりと目頭が熱くなるが、たくさんのカメラが狙っているので、なんとか我慢する。


a0064654_9425687.jpga0064654_9372393.jpg
続いて美人妻3人によるドリカム「Happy Happy Birthday」ダンスつきの熱唱。僕は、酒もだいぶ入って来ていて、デレデレと嬉しそうな顔をしていたに違いない。


a0064654_9354941.jpga0064654_9354019.jpg
パイ投げならぬパイ”被せ”。タバスコで書かれた50の文字が目を直撃。目に沁みて痛かったー。シャワーに直行。


a0064654_9361836.jpg帰ってきてしばらく飲んでいると、Nさんが僕を別室に呼び出し、お返しに何かカミサンのために歌えと言う。当然何も準備していないし、急に言われても感動を誘う替え歌など即興でできるわけもない。散々皆さんをお待たせした結果、選んだのは、小田和正『言葉にできない』。できは、、、カミサンに聞いてください。


a0064654_936976.jpga0064654_9355883.jpg
この後も宴会は続き、夫婦サルサ(beso付き)。ケーキ”にゅうとう”。

a0064654_937376.jpga0064654_9371280.jpga0064654_932073.jpg


Nさんバンドによるカラオケ?合唱。うちの会社の若い連中(僕以外みんな)の定番曲『キセキ』の大合唱。

a0064654_9453765.jpg
胴上げ(何の優勝?)


a0064654_946302.jpg
くす玉(ピニャータと言うらしい)割り

a0064654_947182.jpg
最後に皆で記念撮影。


このときには、僕は、もういつものようにあっち側の世界を漂っていて、ところどころしか覚えていない。でも、かつてないほどの幸福感に包まれていたことだけは鮮明に記憶している。これほど皆に祝福される50歳がいようか?会社の同僚とその家族の皆さん、社外のゴルフ仲間が、周到に準備をし、時間を費やしパフォーマンスの練習をし、当日集まってくれたのだ。なんとありがたいことか。

そして誰よりも感謝すべきは、このすべてを企画・実行してくれたカミサンだろう。さっくり駆け抜けようと思っていた誕生日だが、こうして祝ってもらうことで大きなエネルギーをもって大台に乗ることができたような気がする。本当にありがとう。僕は、三国一の幸せ者です。
[PR]
by gomanis | 2011-01-12 09:20 | 一般

2010年12月24日~27日 チアパス旅行

話は前後するが、フロリダゴルフ合宿の前に、カミサンと小旅行をした。行き先は、メキシコ南部、グアテマラと国境を接するチアパス(Chiapas)州。

a0064654_12222673.jpga0064654_1222287.jpg最大の目玉は、マヤのパレンケ(Palenque)遺跡。鬱蒼と茂ったジャングルの中に忽然と姿を現す。数万人が暮らす都市だったというが、9世紀頃に何らかの理由で遺棄され、1800年代にスペイン人が発見するまで熱帯雨林に埋もれていたそうだ。立派な神殿がいくつも建っているが、詳細は、地球の歩き方でも読んでください。


僕は、3年いる割には遺跡に疎く(ゴルフのほうが大事なので)、今までアステカの遺跡であるテオティワカン(メキシコシティー)やモンテアルパン遺跡(オアハカ)、マヤ遺跡のチチェンイッツァとウシュマル(ユカタン)ぐらいしか行ったことはないが、自分の嗜好についていくつかわかったことがある。ひとつは、森に埋もれているほうが、むき出しよりも好きだということだ。この点、マヤの遺跡は、どれも熱帯雨林に囲まれていてロマンを感じる。2番めに、神殿の中に入ったり、立体的な建築物があるほうが楽しめる。この点でもテオティワカンというのは、退屈で、ウシュマルやパレンケのほうがずっと良い。3番めに当時の様子を記録した壁画、彫刻類が多いほうが楽しめる。プリヒスパニックの遺跡は、文字による歴史の記録がないので、なんというかストーリーがない。ストーリーがないと、あぁ、古い建物の跡ですね、で終わってしまう。
a0064654_12221646.jpga0064654_1221599.jpgこの点でもパレンケは、神殿の石彫が豊富で、服装や装飾品まで克明に描かれていて、しかも当時の王様の名前まである(正確には、2人の王が特定されていて、それぞれに名称が与えられている)。しかも、そのうちの1人は、棺とミイラまで見つかり、メキシコシティーの人類学博物館に展示されているのだ。その棺とミイラ、それにミイラがつけていた翡翠のマスクは、何度か実物を見たことがあるので、そういう意味でもパレンケはよかった。
しっとり濡れた深緑色の森に囲まれた遺跡、そこで古代の王が政(まつりごと)をしたり、神に生贄を奉げたりした情景に思いを馳せる。



a0064654_1211488.jpg今回、まったく期待していなかったが、見たら感動したのがオルメカ(Ormeca)文明の巨石人頭像だ。人の背丈ほどもある巨大な丸い石に人間の頭の彫刻を施したものだ。重さは、石の大きさにもよるが、20トン以上のものがざらだった。球体の石に人間の顔。像によって唇の形が違ったり、顎の肉のつき方が違ったりする。不思議なのは、奇形のモチーフが多い点だ。解説によると、奇形児は、神に選ばれし特殊な才能を持つ者とされ崇められたのではないかとのこと。ちょっと不気味でもある。像自体に美術的な価値などは見出さないが、なぜ感動したかといえば、これらの石像が、なんと紀元前10世紀ごろから彫られたというからなのだ。日本で言うと縄文時代、中国でも殷から前周のころではないか。中国やエジプトは別格として、アメリカ大陸にその時期、これだけの文明が存在していたことが驚異だ。オルメカ文明は、マヤ、アステカ、インカなど後世に出てくる文明の揺籃なのだ。
ちなみにこれらが出土したのは、タバスコ州とベラクルース州の境辺り。展示されているのは、タバスコ州の州都ベジャエルモサ(Villahermosa)の屋外博物館である。


a0064654_12204874.jpga0064654_12344297.jpg今回の旅行で、ほかに面白かったのは、チアパス州の様々なインディオの集落。村によって、ユニフォームがあるのだ。たとえばSan Juan Chamulaという村の人は、女性は例外なく黒く厚地のウールのスカートを履いている。男性は、同じように黒のウールの上着かベストを着ている。老若男女この決まりを全員守っているところがすごい。山ひとつ隔てた隣の村に行くと、今度は、皆、花柄の洋服を着ている。女性だけでなく男も花柄なのだ。人の顔を観察するに明らかに同じ人種なのだが、コミュニティーとしてはお互い排他的で交わらない。

ベーリング海峡が陸続きだったころ(か凍結していたか知らないが)、アジア人が渡ってきたのは1万年以上も前らしい。15世紀にスペイン人がこの地を征服した時に、住んでいた人々を統治するために、山の中にばらばらに住んでいたインディオをまとめ集落を作らせ、識別しやすいように集落ごとに服装を定めたのだという。それが500年以上経った今でも自律的に維持されているのだ。不思議なものだ。

前述のChamulaは、きわめて固陋な習慣を持つそうで、たとえば、村によそ者は泊めないのだという。たとえば何かの修理で外から技術者が来て一日で仕事が終わらなかったとしても、村には泊めない。技術者はいったん村の外に出て夜をすごし、翌朝戻ってこなくてはならないのだそうだ。また、村人以外と婚姻を結ぶ場合は村から追放が掟。村出身の出嫁した娘さんは、里帰りしてもいいが、外出身の婿殿は、村には泊まれない。それから、村人にカメラを向けてはいけない。タブーなのだそうだ。教会があるのだが、中で写真撮影は禁止。ペンシルバニアのアーミッシュの村を思い出した。いやいや、メキシコ(というか中南米)は、奥が深い。


a0064654_12112689.jpga0064654_12103215.jpgチアパスは、また自然の宝庫でもある。Tuxtla Gutierrez近郊のスミデロ峡谷は、チアパスを代表する景勝地だし、パレンケへ行く途中で寄ったAgua AzulもMisol-Haの滝もなかなかのものだった。イグアスをみてしまうと、あとはどんな滝もちゃっちく見えちゃうけどね。


a0064654_12193634.jpga0064654_1222371.jpg町は、やはりSan Cristobal de Las Casasが綺麗だった。以前、人から聞いたイメージでは、スイスの小都市のようなところかと思ったが、そうではなく、やはりメキシコらしい町だった。San Miguel de Allendeに似てるかな。黄色い壁、赤い屋根、石畳。中央にパティオのあるスペイン様式の屋敷、大聖堂、ソカロ、それらが織り成す独立前の古きNueva Espanaの雰囲気を色濃く残す町だ。ただし、僕らが行ったころは、国内外から若い観光客がたくさん集まっていた。夜通し続く大音響のパーティーで眠れませんでした。。。

結論。チアパスは、結構お勧めです。
[PR]
by gomanis | 2011-01-07 12:27 | 一般

2010年6月27日(日) World Cup ~夢破れ~

メキシコ、やはり敗れました。相手がアルゼンチンじゃ、仕方ないか。ボールを持つと一人でも野獣のようにぐいぐい攻めあがるアルゼンチン。対照的にボールをもらうと借りてきた猫のように戸惑うメキシコ。誤魔化すように意味のないパスを廻すだけ。どう攻めるか決めてなかったのかヨ、と突っ込みを入れたくなりました。

そんなで、ソカロに集まった推定8万人の群集もスーパーがっかり。でも騒ぎになることもなく、おとなしく解散したのでした。4年に1度のお祭りもこれで幕です。

日本は、火曜日、対パラグアイ。祭りはまだ続くようです。
a0064654_9583024.jpg
[PR]
by gomanis | 2010-06-28 09:58 | 一般

2010年6月17日(木) Twitter

ちょっと趣向を変えてTwitterのことを書いてみたい。いろいろ発見があるのだ。

サンディエゴの元同僚にその存在を教えられてSign upしたのは、2008年だったが、日本語環境がなく、大して面白いとも思わず放っておいてあった。それが、最近は日本でブームということで、先週からReactivateした。動機はいろいろある。

1.職業的必要性。新しいコミュニケーションプラットフォームとかそれに使われる端末とかビジネスへの応用とかは、一応の知識は身につけていたい。まして、今回、また日本ではマーケティングツールとしてもてはやされている。どこをどうやればマーケティングツールになるのか、興味津々。

2.好奇心。参加すること自体、どんな感触なのか試してみたかった。ブログのときと同じ。ブログは大正解だった。今や生活の一部だ。

3.有名人の肉声が聞けるという野次馬根性。

やってみて1週間強。一言で言うと、面白い。面白すぎて、ブラウザの立ち上げ画面をTwitterのホームにしてしまったくらいだ。

参加した感触は、例えて言うなら渋谷の交差点で流れ行く人波に、おーい、と小声で呼びかける感じ。ものの本には、SNSは友達と行くカラオケで歌うこと、ブログはストリートで歌うことと書いてあったが、ちょっと違うな。僕のブログは、自分用、ないしごく限られた人のためのものなので(読者の顔がだいたい見えているという意味で)それこそ仲間内のカラオケという意識が強かった。Twitterこそは、ストリートで歌うこと、というか人の洪水の横顔に語りかける感じだ。文字通り、99.999%の人は、耳も貸さずに通り過ぎていく。しかし、皆、誰かの呟きを聞きたくてやっているわけだから、中にはフォローしてくれる人もいる。僕も当然、面白そうな人をフォローしようと試みている。

ほとんど無数といえる人の中から誰をフォローするか。僕の取った作戦は、とにかくゴルフつながりで、言い方は悪いが、芋づる式にフォローを増やしていくこと。面白そうな人がいたらその人がフォローしている人、または、その人のフォロワーを根こそぎフォローしてしまうのだ。最初は、乱暴かと気がひけたが、こうでもしないと一人ひとり吟味していた日には、一日に2人見つかるかどうか。とりあえず増やして様子を見ようと思っている。

フォローするとフォローし返してくれる人が結構いる。僕は今408人をフォローしていて220人にフォローされている。これらはほとんどが最初の2、3日で出来上がった数だ。その後、フォロワーの数は、フォローの数に追いつくのかと思って観察しているが、そういうことはなさそうだ。

フォローをこれ以上増やしたくもあるが、考え中。読みきれないのだ。僕がアクセスするのは一日数回。毎回アクセスするたびに1,000個以上の”つぶやき”がアップされている。読みきれるものか。

そういう意味では、時差は大きなハンディキャップだ。Twitterは、新しいツイートから順に表示されるので、メキシコで僕がツイートしても日本の人からすると何時間も前のことになり、たいがいの人は、そこまで遡って読まないと思われる(僕がそうなので)。最近30分のを斜め読みするだけで結構時間がかかるのだ。

そういうわけで、全然読みきれていないのだが、それでも世の中にはいろいろなことを考える人がいるものだと興味が尽きない。

気が向いたら、またTwitterの発見その2を書くかもしれません。

ところで、Twitterをやることによってブログの良さも再発見しました。それもまた今度。だから両方続けます。
[PR]
by gomanis | 2010-06-18 14:31 | 一般

2010年3月15日 映画二篇

日本に来る飛行機の中で映画を2本見た。それぞれ面白かったので、感想を二言三言。

『風が強く吹いている』
だめだめ大学陸上部が箱根駅伝に挑戦する話。僕はジョギングを始めてからというもの、あんな速いスピードで走り続けられる人間を心から尊敬し、ほとんど憧れに近い気持ちで見るようになった。箱根駅伝に限らず、都道府県対抗駅伝なども、結構テレビの前で釘付けになる。みな、すばらしい身体をしている。針金のように細い躯体で、しかも強靭なバネが入っているかのように前へ前へと進んでいく姿は、本当にすばらしい。映画では、誰一人知っている俳優はいなかったが(有名なのかもしれないが、僕は知らなかった)、皆、事前に鍛えたのだろう。薄い胸板、長く細い脚、演出とわかっていながらまずそこに感動した。

ストーリーは、結構、陳腐と言えば陳腐。やる気のない人間が集まるチームが、夢に目覚め、奇跡を起こす成功物語。エリート陸上部に馬鹿にされながら、最後は一目置かれるようになるところなども、ボブスレーを描いた『クールランニング』にもあった設定。極めつけは、走る話にお約束の、レースの途中で故障を起こしながらも根性でゴールインするところ。これが、往路の最後(山の神、柏原が走った区間だね)ー発熱、復路の最後ー靭帯剥離!と2回も出てくる。しかし、、、わかっちゃいるけど涙腺が緩んで、隣のおじさんに気づかれないように涙をぬぐうのに苦労した。

クワハラカケル、本当に格好よかった。これを見たせいか、今回の出張では、毎朝がんばって走っている。ポルシェとカタツムリほどスピードは違うけど。


『ゼロの焦点』
これは、もう切なくなる映画だった。中谷美紀、身震いするほど綺麗で、恐ろしく、孤高で、強く、でも最後には折れてしまうところが、哀しかった。広末涼子、頑張ったが、文字通り役者が違う、と言わざるを得ない。
生まれ変わるということ。生まれた時代が悪かったというだけの理由で、過去を捨て去り、別の人間として生き直すことを余儀なくされる人生。切ない。『人間の証明』の岡田茉莉子もよかったが、中谷のほうがより凄惨で鬼気迫るものがあった。
[PR]
by gomanis | 2010-03-18 14:30 | 一般

2010年2月28日(日) あいたたた

a0064654_0175536.jpg馬から落ちた。

今日は、カミサンの誕生日第二弾ということで、郊外にあるランチ(牧場)へ。以前行ったなんちゃって系のところは、単なる観光牧場で、駄馬、老馬に跨りその辺を1時間ほどトレッキングするだけだったが、今日のところは立派な厩舎にレッスン用のフィールドや競技用の馬場まである本格的なところだ。同行のH君一家は、皆、初めてなので、レッスン用フィールドで基礎レッスン。僕らは、一応経験者なので、いきなりトレッキングに出かける。僕の馬は8歳のオス、名前は忘れた。おとなしい馬だから坐っているだけでいいと言われたが、これが間違いだった。

野を歩き、森を抜け、ちょっと広いところに出たので駆け足の練習。乗馬のことを知らない人のために書いておくと、ポクポク歩いていたのが、ぽっくらぽっくらというリズムに変るのが駈足(ウェブで調べたところキャンターというらしい)。身体の上下動が一気に激しくなり、バランスを取るのが難しい。インストラクターが、上手い、上手い、その調子、と褒めるので調子に乗って続けていたら、馬も興が乗ったのか、駈足からギャロップ(驟歩、というらしい。競馬の全力疾走のような走りですね)に変った。

実は、僕は、これが一番好き。前にオーストラリアやタイで乗ったときにも短い時間だったがギャロップに変ったことがあり、それはそれは気持ちがよかった。気分は、武士である。大河ドラマで武具をつけて疾走するあの武士の気分なのだ。ワハハハ、と高笑いしたくなるのだ。

ところが、今日は、ワハハハと哄笑する前にアワワワとなってしまった。馬の動きについていけず、バランスを崩し、やばい!と思った瞬間には天地がひっくり返り、地面に叩きつけられていた。濛々と上がる黒い土煙の中で茫然とする僕の目に疾走する馬の尻が森の中に消えて行くのが見えた。

落ちた瞬間のことはよく覚えていないが、右肩と頭を強打したようだ。ヘルメットを着けていて本当に良かった。落馬した場所が柔らかい砂の上だったことも幸いした。なによりも良かったのは、足がうまく鐙(あぶみ)からはずれたことだ。最悪の場合、足だけが引っかかって馬に引きずられるところだった。

大した怪我もなくてよかったが、痛い日曜日だった。
来週は気分を換えて、またゴルフだ。
[PR]
by gomanis | 2010-03-02 00:20 | 一般

2009年5月1日(金)豚インフルエンザ 改め インフルエンザA型(H1N1)

昨日、政府が保健省の名前で政令を出し、5/1-5/5の間、政府だけでなく、不要不急のビジネスも一斉休止ということになった。というわけでうちの会社も休み。


a0064654_904938.jpga0064654_921310.jpg街を歩いてみると、本当に閑散としている。大統領が、「一番安全なのはあなたの家」と言ったらしいのだが、それが効いているというよりは、どうせ街に出てもレストランも店もやってないし、ということなのではないかと邪推する。

家の近くのマサリク通り。メキシコの青山だか銀座だか知らないが、とにかく普段は、金持ちの白人で賑わう通りだ。有名ブランドのブティックや、おしゃれなレストランが軒を連ねる。休日(今日は、Mayday)の昼下がりは、メキシコ人がもっとも大事にする昼食で混雑するはずの華やかな通りが、面影もなくひっそりしている。レストランには、政令により休業します、の紙が貼ってある。スタバも、「営業中。ただしテイクアウトだけ」。公園も人はまばらでマスクをした若い女性がだべっているぐらい。僕の好きなリンカーン公園沿いのレストラン街も、ご覧の通り。弁慶はどうなっているのだろうとずっと気になっていたので、見に行ってみると、顔なじみのウェートレスが出てきて言うには、ここも持ち帰りのみだという。やっぱりね。ま、でも最悪、カミサンが作っておいてくれた惣菜が底をついたら、ここにきて何か買って帰ればいいとわかってちょっと安心。

a0064654_931681.jpga0064654_933554.jpgそれにしても今回の騒動、時が経つに連れて違和感が強くなってきた。先週の金曜日に騒ぎが起き、まずはメキシコの死者が鰻上りに増えていった。68人、103人、149人。この段階では、本当に、まずい、罹らないようにしなければ、という警戒感が強かった。WHOの警戒レベルも3から4に上がり、いよいよこれはやばいぞ、と国中が浮き足立ったのがこの頃だったと思う。月曜日だったか。日系企業が、家族の一時帰国を決めたのもこの雰囲気の中だった。

a0064654_943874.jpgその後、感染者がアメリカ、カナダなどに出て、ヨーロッパにも広がり、アジアも時間の問題となってくると、世界の目がこの病気に向き始めた。これに伴い、ウィルスの分析も先進国で進み、本当にこのインフルエンザにかかったことが確認された人と、疑わしい人が区別されて統計に現れるようになってきたのだ。そうすると、一時的に、アメリカが罹患者数が一番多いということになってしまった。何、これ?というのが違和感の始まり。実は、それは、一時的な現象で(多分一日間だけだったと思う)、メキシコで未確認だった2千何人の中で”確定”のステータスに移る人が増えて、あっと言う間に再びアメリカを抜いてダントツ1位に戻った。でも死亡者数は、ウィルスの確定した患者の中だけの話になってしまったので、メキシコの死者数は、12、と言い直された。

12?勿論、死亡者の家族にとってはかけがえのない人間を失ったのだから、それは数字では測れない重いものだということはわかる。でも12人、ですよ。普通のインフルエンザで命を落とす人が何人いるか知らないが、少なくても1,000人ぐらいはいるのではないか?Pandemic(世界大流行)という言葉は現象を表すには正しいのだろうが、本当にそんなにこの世の終わりみたいに恐ろしいことなのだろうか?

なぜメキシコでばかり死者がでるのか、が話題になっている。周りのメキシコ人の解釈は、大多数の犠牲者は、多分自分が罹ったのが新型インフルエンザだということを最後まで知らなかった、というものだ。知らなかったので、ただの風邪だろうと、甘く見たのだと。この謎に対する推測はインターネット上でもいろいろ出ているが、医療体制の不備とか、貧乏で治療が受けられないとか、要するにウィルスの毒で死んだというよりは、的確な対応をしなかったからという意見が大勢を占めている。今回、日本の報道番組はとてもわかりやすいと、改めて感心しているのだが、その中でもかなり最初の段階でこのウィルスは毒性そのものは強くないと言っていた。

こう考えてくると、このインフルエンザは、感染力は強いが、恐れるに足らず、という結論が見えてきているような気がする。騒ぎ過ぎとは言わないが、ワクチンさえできれば、どんと構えていていい病気ではないのか。この一週間、渦中にいて振り回されまくり、結論がそうであるとするならば、ちょっと脱力感を感じるかもしれない。とりあえずマメに手を洗ってうがいしてるけどね。様子を見ましょう。でも、早くレストラン開けてくれ!

写真は弁慶のマツタケと豚葱うどん
a0064654_913159.jpga0064654_9133297.jpg
[PR]
by gomanis | 2009-05-02 09:05 | 一般

2009年4月5日(日)~4月12日(日)ガラパゴス旅行 4. その他の動物

そのほかの動物群。

磯にいる蟹。小ぶりだ。大人の手の甲ほどの大きさ。アシカの子供がおやつ代わりに食べていた。鮮やかな朱色で素揚げにしたら美味そうだと思った。

a0064654_655737.jpga0064654_6535359.jpg


トカゲ。乾燥した内陸部で多く見かけられた。
a0064654_6551761.jpga0064654_6571182.jpg


ガラパゴスノギス。英語ではHawkと言っていたので鷹の一種だろう。数少ない猛禽類。
a0064654_6561759.jpg


別の種類のかもめ
a0064654_6584786.jpg


ウミガメ。これ一回しか見えなかった。船の上から発見。できれば泳いでいるところを海中で見たかった。
a0064654_658338.jpg


鳥。名前不詳。鳥は、詳しく観察すればもっとたくさんの種類が認識できたのだろうが、僕の知識では無理。
a0064654_74848.jpg
[PR]
by gomanis | 2009-04-17 07:00 | 一般

2009年4月5日(日)~4月12日(日)ガラパゴス旅行 2.動物編2

アカカモメ。これは岩場でよくみかけた。目がくっきり赤く、清潔な印象。綺麗な鳥だ。
a0064654_9361872.jpga0064654_9364351.jpg


ダーウィンフィンチ。ダーウィンの進化論に大きな影響を与えたという小鳥。この写真がこの鳥であるかどうかは自信がない。すずめのような地味な鳥だ。
a0064654_9371938.jpg


リクイグアナ。海イグアナに比べるとかなりレアだ。よく見ないと見つけられないし、常に単独行動をする。黄色に橙色の大きな身体。これも恐竜を思わせる風貌だ。食べ物は果物のようだ。
a0064654_9375978.jpga0064654_9381293.jpg
a0064654_9383469.jpga0064654_9384765.jpg


ガラパゴスアオアシカツオドリ。これが、今回、僕の一番のお気に入り。ノースセイモア島で大量に見た。まず、白い身体に水色の脚のコントラストが可愛い。また、動作が群を抜いてユーモラスだ。オスは、気に入ったメスを見つけると、その前に立ち、青い脚を、右脚、左脚と四股でも踏むように交互に上げる。次に羽を広げ、なにごとか唄うように鳴くのだ。これを何度か繰り返すようだ。メスが気に入らなければそれで終わりだが、メスも気に入り、相思相愛となると互いに見合い、一緒に踊る(よく覚えていないが、相思相愛を確認する動作が何かあったような気がする)。そしてついに合体だ。オスがメスの背中に乗り、なにごとかをなして完了だ。しかしこのなにごとかの時間、瞬時である。あれだけ派手に踊ったのにこれで終わりですか、というぐらいあっけない。青脚カツオドリ、もう1つ気に入ったのは、産卵後。オス、メス交代で孵化するまでずーっと卵を身体の下で温め続けるのだ。暖かな愛情を感じ、なにやらほっとする思いがした。
a0064654_9391120.jpga0064654_9422534.jpg
a0064654_9424431.jpga0064654_9425897.jpg
a0064654_9432061.jpga0064654_9433313.jpg

a0064654_14481845.jpg


ゾウガメ。でかい、そして悲しい。これについては後日詳細に。
a0064654_9435577.jpg
[PR]
by gomanis | 2009-04-13 09:42 | 一般