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2008年5月13日(金)~15日(日) Guanajuato, San Miguel de Allende 食べ物編

歴史を語るのは難しいが、食べ物を語るのは易しい。思い入れの程度が違うからね。

さて、美味かったもの。

a0064654_11362851.jpgPancita。サン・ミゲル・デ・アジェンデのソカロ付近にあるMama Miaというレストランで朝食。牛の内臓煮込み。前からこれについて書きたかった。辛くてどろっとしていてコクがあり、美味い店だと実に美味い。二日酔いの朝に食べると、これまた美味い。かーっと汗が出て酒が抜けていくような気がする。いろいろトッピングして自分好みの味にして食べるものだが、僕は、香菜をたっぷりかけ、赤い辛いソース(salsa roja)を小さじ一杯ぐらい入れて食べる。人によっては、玉葱のみじん切りやレモンを絞って入れる人もいるが、僕は好きでない。センマイのような内臓のぶつ切りが入っている。これはたいてい、入りすぎているので、スープだけ楽しみ、少し残すようにしている。

Pancitaを最初に食べたのは、メキシコに来たてのChiluca(ゴルフ場)の小食堂だった。旨くて感動した。メキシコのモツ煮込みだと思った。

そのころ、戦前の日本人移民の手記集を読む機会があった。その中に、メキシコ生まれの連れ子(日系二世ですな)のいる日本人男性(この人も移民)に嫁いだ女性の手記があった。連れ子に本当の母親だと思ってもらうために苦労する話だった。
日本から来たばかりのこの女性は、張り切って家族のために日本料理を作る。太巻き、親子丼、筑前煮。これが、子供に見向きもされない。子供は、内臓の入った赤いスープのほうが好きなのだ。最初はグロテスクで気持ち悪いと思った母親も、子供のことを理解するために好きになろうと頑張って食べる。食べるだけでなく、自分で作り方を勉強する。やがて、子供が風邪をひき寝込んだときに、このPancitaを作ってやり、初めて母親と認めてもらう、と、だいたいこんな話だったと思う。

Pancitaはそういう、味噌汁のような存在なのかもしれない。

ただし、最近わかったのは、Pancitaには2系統あるということ。Hacienda、Chilucaの食堂で供される僕の好きな味のもの。少しどろっとしていてコクがある。一方、地元メキシコ人の朝食の場として繁盛しているレストランで頼んだら、酸味が尖がっていて、さらっとしていて、僕には楽しめない味のものが出てきた。その後、もう一軒試して、やはり同じ系統で駄目だった。このままPancitaは嫌いになってしまうのかと悲しかったが、このMama MiaのPancitaは、僕の好きなほうの系統だった。トッピングには、珍しくキャベツの千切りがあり、少し、かけて食べた。旨かった。

a0064654_11375100.jpgPozole。ビュッフェ朝食だったのでこれも試食。Pancitaと似たようなスープだが、具が、細切れの豚肉とインカコーン(ジャイアントコーン)。僕は、実は韓国の『辛ラーメン』が秘かに好物なのだが、それに相通じる味でもある。モツよりもこちらのほうが旨い。でもGuadalajaraを中心とする地方料理だそうで、メキシコシティーでは、必ずしもどのレストランにもあるとは限らないとのこと。残念だ。












a0064654_11374625.jpgMole。オアハカ旅行の稿で『モレ100回の誓い』を書いたが、これで4回目ぐらいだろうか。グアナファトの市場の食堂で食べた。ここは、市場の一角に食べ物屋が軒を並べる一角があり、僕らが近づくと、おばちゃんやお姉さんが、おいでおいでと手招きをする。モレが食いたいというと、一口試食させてくれる。気に入った店で腰をかけると、鍋のモレを温めて、鶏の腿肉にかけてご飯と一緒に出してくれる。モレの味にもだんだん慣れてきた。このときは、とても美味いと思った。











a0064654_11391788.jpgCuitlacocheのオムレツ。サンミゲル・デ・アジェンデにある美術学校内にあるレストランで。昼食。Cuitlacocheは、とうもろこしに寄生するキノコだそうだ。色は黒く、山の香りがそこはかとなくする。今まで気がつかなかったが、カミサンによるといろいろな料理に使われているらしい。













a0064654_11394478.jpgSopa de Azteca(アステカスープ)。日本にこういうものがあったら『大和汁』とでも呼ばれそうな国民的スープ。オレンジ色の甘酸っぱ辛いスープにトルティージャを細切りにして揚げたものが入っている。見知らぬレストランに入ったときに頼むのには無難な一品だ。

このメキシコ料理編、ときどきやろう。よい自分の記録にもなるかもしれない。
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by gomanis | 2008-06-29 11:42 | 美食

2008年5月13日(土)~15日(日) Guanajuato, San Miguel de Allende 近代史跡を訪ねる。

a0064654_11155858.jpgメキシコの歴史を極めて乱暴に二つに分けてしまうと、スペイン人が来る前と後ということになろう。年代で言うと1521年のコルテスによる征服、支配が区切りになるか。

メキシコには豊富な観光資源があるようだが、カンクン、アカプルコなどのリゾートを除くと、上記の区切りによって大きく2つに分けられるというのが、最近の僕の発見だ。ひとつはスペイン人以前の文明の遺産を見るもの。テオティワカンやチェチェンイッツァに代表されるマヤ、アステカ文明の遺跡だ。そしてもうひとつが、スペイン人以降のいわゆる近代の歴史遺産を見るもの。

なかなか時間が取れなくて(ゴルフに忙しく!)、観光もおろそかになりがちだが3月には初の休みを取り、オアハカへ行った。これは、前スペイン時代の遺跡を見る旅行。古代に思いを馳せ、なかなか良い旅行だった。

2回目の今回は、趣向を変え、近代メキシコの激動を追体験する旅行。行き先は、グアナファトとサンミゲル・デ・アジェンデ。メキシコシティーから北西に4時間ほど車で行ったところだ。
古代遺跡巡りが、どうしても想像に頼るしか楽しむ術がないのに対し、近代史跡の観光は、豊富な文献、彫像、遺留物、絵画、壁画などがあるので、どちらかというと受身で、“学習する”という姿勢になる。僕が相手にしている現在のメキシコに直接つながっているという意味では、近代史跡のほうが面白いと思う。


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今回訪問した2都市は、近代史の中でも1810年に始まる独立戦争の舞台だ。面白いのは、独立戦争の主役がスペイン人の末裔だったこと。独立戦争は、宗主国スペインと植民者たるメキシコ(当時はNueva Espana - 新スペイン領)のスペイン人という、スペイン人同士の戦いだったのだ。ミゲル・イダルゴ、イグナシオ・アジェンデ等独立戦争の英雄は、皆、白人である。こういうことは、本で読んで知っていたが、現地で色々な壁画や銅像などを見ると、改めて、スペイン人が常に主役の国だったのだということがよくわかる。先住民が歴史の表舞台に現れるのは、19世紀も後半のフアレス(オアハカ出身のサポテカ人)まで待たなくてはならない。独立戦争のドラマは、至るところに絵画、壁画で残っているが、常に、白人の扇動者が先住民を相手に演説している場面だ。




a0064654_11174723.jpgこの中で、例外的と思われるのがグアナフアトのピピラ。独立戦争の際、堅牢な穀物倉庫(現在の博物館)に立てこもる政府軍に手を焼く蜂起軍。時間が経てば政府の援軍がやってきて、蜂起軍の優勢は覆されてしまうかもしれない。このときに、勇躍爆弾を抱え、自分の命と引き換えに倉庫の頑丈な扉を破ったのがピピラという先住民だ。一鉱山夫であったという。彼は地元の英雄で、グアナファトを一望する丘の上に立派な像が建っている。

ピピラに限らず、この時代の人は、そしてその後の近代史の英雄、政治家にも戦死、処刑死、獄死が実に多い。上記のミゲル・イダルゴら独立戦争の4指導者も、政府軍に負けるや、全員首を掻かれ、その首は、グアナファトの町外れに晒されたという。首が回収され、名誉回復したのは、1820年、独立が成就してからだ。首が晒されること、8年ほどに及んだ計算になる。われわれが想像するよりずっと烈しい気性の国民なのだ。もうひとつ思うのは、大義のために喜んで死ねる時代だったのだろうということ。日本の、幕末の志士に通じるものがあるかも知れない。




a0064654_11201027.jpgところで、グアナファトといえば、メキシコでもっとも古い銀鉱山の町でもある。むしろ1548年代の銀鉱脈の発見により発展した町だ。銀鉱山跡に建つ豪奢な教会も、セントロに建てられた、ヨーロッパの大都会に置いても引けをとらないような大劇場も、すべては、銀がもたらした富によって造られたものだ。町全体が、銀景気で産まれたようなものなのだ。富は、当然、当時の支配階級であるスペイン系白人の手に集中していた。それを考えれば、町並みがスペイン風であることにも簡単に納得がいく。彼らは、この地にスペインを再現したかったのだ。






a0064654_1121282.jpgサン・ミゲル・デ・アジェンデには銀鉱山はないが、ここも、その気候の温暖さに目をつけたグアナファトなどの銀成金が別荘地、隠居地として造った街だ。もちろん、ここにも、彼らが忘れられなかったスペインの町並みが再現された。車がすれ違うのがやっとの狭い石畳の道の両側に、石塀が続く。ところどころに門があり、質素な建物風なのだが、一歩足を踏み入れると、たいてい、中は、驚くほど広く贅沢に空間が広がっている。小さな中庭があり、四方それぞれに立派なスペースを持った建物が伸びている。Hacienda(中世の領主が住んだ荘園の館 - メキシコシティーでいうとSan Angel Innが有名)が町中にあるようなものだ。いかに巨大な富がこの小さな町に投下されたか想像がつく。

こうした、メキシコ中北部高原に残る殖民都市は、観光ガイドには『コロニアルシティー』と表現されているのだが、鉱山跡の見学から観光を始め、贅を尽くした大聖堂、史実を記録した博物館を訪れると、その成り立ちや、どうしてスペイン風の町が出来上がったのか、よく理解できる。

a0064654_11214139.jpgグアナファトでもうひとつワクワクさせられたのは、縦横に走る地下道だ。曲がりくねった地下道は、中で分岐、合流などもしていて、迷路を辿るような楽しさもある。まるで地上の街と、二層構造になっているようだ。これも、銀鉱山の名残。鉱山の排水溝だったものを、交通渋滞を解消するために拡張し、車が通れるようにしたのだそうだ。オレンジ色にほの暗く光るトンネルは、どこへ続いているのだろうと冒険心をかき立てられ、いくら見ていても飽きなかった。

次稿は、いよいよ食べ物編。
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by gomanis | 2008-06-29 11:25 | 一般

2008年5月22日(土) Hello San Diego!!

a0064654_0585335.jpg月曜日からの会議に備えて(?)日曜日の朝一でメキシコを出、ロサンジェルスに降り立ち、Arrowoodsへ直行。このために5時起きだ。我ながら好きなだーと思う。でも、サンディエゴには、これに付き合ってくれる僕に輪をかけたナッツ達がいる。KKさん、naちゃんAkemiさん。実はこの人たち、前日40度近い灼熱の中でゴルフをしたばかりなのだ。

Arrowoodsは、気温は高かったのだろうが、適度に風が吹いてくれたおかげで、それほど暑いという感じはしなかった。貸してもらったクラブでプレーしたので、慎重なプレーを心がけたところ、ボギー、パー、ボギー、パーという上々の立ち上がり。尻上がりに良くなり、前半を40ちょうどで上がることができた。近年にない快挙だ。

同行の3人は、僕がいつもこのぐらいのゴルフをしていると思ったらしく、後半39で70台ですよ、などと盛り上げてくれる。僕も謙虚なゴルフといいつつ、どこかで39が意識に入ってきたのだろう。後半は、10番でこの日初のダボをたたくと、ずるずると崩れ、結局52。上がってみれば92。特に上がりの3ホールはトリ、トリ、トリ。いつもの自分に戻ってしまった。でも久々に40が出てよかった。スコアをまとめる感覚が戻ってきたような気がする。今週末のラウンドに期待。

スコアもさることながら、気の置けない爆裂仲間と回れたことが嬉しかった。皆、それぞれに前回会ったときよりも進歩している。話も弾み、ラウンドが楽しいこと、楽しいこと。また来るから、次回は皆80台で回りましょう。

夜は、僕の希望で鶴橋へ。Tomoちゃん、Tomも来てくれた。懐かしい顔を見て、ハグして、ビールを飲み、旨い焼肉に舌鼓を打ち、最高の日曜日となった。皆、ありがとね!!メキシコにも遊びに来てねー。
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by GoManis | 2008-06-25 01:02 | ゴルフ

2008年6月23日(月) 貝柱のおこわ

a0064654_14345297.jpg4月に香港へ行ったときに、最後に残った香港ドルを換金しなおすのも面倒なので、それで貝柱を買ってきた。昔から大好物で、これをちびちびかじりながら酒を飲むと実に旨い。でもそうやってしか食べないので、なかなか減らない。1晩に2個が限度だ。時間が経ち塩気がきつくなってきたところで、カミサンが一石二鳥の妙策としておこわを作ってくれた。

黄金色に炊き上がったおこわ。ぴかぴか光って湯気を立てている。ほぐれた貝柱がいたるところに散らばって顔を見せたりご飯粒の陰に隠れたりしている。口に頬張ると貝柱の旨み、かすかな塩味が広がる。うーん、美味い。僕は、おこわ自体も大好きだ。もち米のむっちりした食感が非常に良い。具のエキスももち米に染みると一層引き立つような気がする。飲茶へ行くと、ほとんど必ず、粽を頼む。鶏肉の脂、奥に入っている卵の黄身の咽かえるような香り、一緒に炊き込まれた野菜の匂いなどが、一体になってもち米にぎゅっと凝縮されているところが良い。

この、ホタテ貝柱のおこわは、それに通じる旨みがありながら鶏肉とは違い、海のさっぱりした香りが立つ。けだし逸品である。
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by gomanis | 2008-06-24 14:22 | 我が家の食卓